旧大宮司屋敷が文化苑へ
「むすび回廊」より先に広がる隣接地は、平安時代初期の大同元年(806)から明治時代にいたる1100年間、大宮司を五十八代にわたり世襲した青井家所有の屋敷で、主屋、東の土蔵、西の土蔵、物見、付属住宅、門などで構成されています。
諸般の事情から大正10年頃に売却され、およそ90年の長い歳月が経過していましたが、平成22年4月12日に再び神社と一つに結ばれ、神社本来の姿に復古したのでした。
今後未来に向けた地域文化の隆昌と継承に願いを込め、旧青井大宮司屋敷は国宝青井阿蘇神社の「文化苑(ぶんかえん)」、一番の歴史的建造物の主屋は「継承殿(けいしょうでん)」と名付けられました。
むすび回廊
むすび回廊
〜むすびかいろう〜
1200年を超える神社悠久の歴史と1100年間奉仕し続けた青井大宮司家で代々継承されて来た深遠なる文化をむすぶ回廊。寛保三年(1743)の建造物
集古蔵
〜しゅうこぐら〜
弘化四年(1847)に五十七代大宮司惟敬再建の墨書がある土蔵で、神仏習合の遺品をはじめ、五色の龍神像など古来の信仰に基づく資料を展示
尚古蔵
〜しょうこぐら〜
神社神紋および大宮司家家紋ゆかりの鷹の生涯を描いた江戸時代初期に奉納された絵馬をはじめ、獅子面などお祭りに関する資料を展示する内部が二階建ての土蔵
好古蔵
〜こうこぐら〜
好古蔵には現在神輿と獅子を飾っています
継承殿
継承殿
〜けいしょうでん〜
一部建築は元文五年(1740)以前に遡るといわれ、天明三年(1783)に「西遊記」著者の橘南谿、寛文四年(1792)に「筑紫日記」著者の高山彦九郎が旅の途中に滞在したと伝えられる。
西南戦争では薩軍人吉隊の宿舎となるなど歴史の大きな舞台となった建造物
茶 室
〜ちゃしつ〜
壁面のすべてが枡形文様や綾杉文様を施す網代編みがなされた独特な唐様の茶室。北西の柱には西南戦争の際に付けられた刀傷が残る
襖 絵
〜ふすまえ〜
月に雁、葦に鴨が描かれた四枚一組の襖絵は、大宮司家所有の頃より伝来するもので、右下には作者の銘と落款が捺されている
復古の間
〜ふっこのま〜
寛文五年(1665)に奉納された御太刀をはじめ装束、位記や明治時代初期の辞令など大宮司家に伝来もしくは縁の資料を展示。江戸時代初期に作られ現存するものとしては他に類例がないといわれ、大宮司時代に実際に使用されていた唯一神道の火祭行事護摩壇一式を展示しています。
古庭園
古庭園
〜こていえん〜
いにしえ偲ぶマキの大木やウメの老木をはじめとする庭園樹木。今の世まで大切に守り伝えられてきた精神性豊かな石組の歴史的日本式庭園(現在学術調査中)
釣瓶井戸
〜つるべいど〜
現在では貴重かつ珍しい石組の水量豊富な深井戸